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狡さを見逃さない。自分の中にある狡さにも、人の中にある狡さにも

「ずるい~。」子供は平気で言いますが大人はあまり言わないのはなぜ?

子供って正直です。彼らは誰かのズルさを見つけると「ずるい~」と平気で言います。

「どうしてお母さんはやっていいの?」「大人と子供はなにがちがうの?」こんな質問もよく飛び出してきます。

大人だって、「あいつ上手いな」なんて思うことはありますが「ズルい」って、例え心の中ででも、あんまり言葉として出てこないような気がします。なぜならば、誰にでもある「狡さ」は、誰しももっとも認めたくない自分の「汚さ」に通じるものだからかもしれません。

小さなズルこそ目立つ

いくら見ないようにしていても、ズルい人って割と周りにいます。そして本人は「このくらい」と思っているような「小さなズル」が却って目立ってその人の「ズルい人」っぷりを際立たせてしまったりします。

私自身、「面倒だな」と思った作業を他の人に押し付けてしまったり、ちょっとした不都合を報告せずに誤魔化したり、忘れていたことを「やった」と言ってしまったり、チマチマとズルしてきました。これがまた結構な確率でバレるわけです。

ばれるんだな。と分かってからは極力ズルしないように気を付けていて「正直だね」とか「嘘つけないよね」という評価をもらうようになってきましたが、もともとはどちらかと言うと「つい嘘をついてしまう」体質だったのです。

そもそも私たち、子供のころからいろいろ管理された中で育ってきていますから「都合の悪いことは誤魔化す」という悪い癖が身に沁みついている人って、結構いるんです。ね、ドキっとしませんか?

自分の狡さとの付き合い方

誰の中にもある「よく思われたい」「ほめられたい」「叱られたくない」といったいわゆる「承認欲求」。これが狡さのもとになることが多いです。じゃあ、自分が「ズル」しないためには?やっぱり「その場だけ繕う」ことをとにかく止めること。どんな行為にも理由があって、その理由が「自分起因」でかつ「承認欲求」に拠っていないか。

「自分起因」の行動には狡さが伴うことが多いですから、今目の前にある仕事が「誰のための何なのか」を考える癖をつけて「起こった出来事の事実を明確に」するだけで、客観的な答えが導き出せることを覚えておきましょう。「誰かのために」する行為が「狡い」というように見えることはありません。

他人の狡さとはどう付き合う?

例えばすぐウソをつく部下。彼はなぜすぐばれるウソをつくのでしょう。やってないのに「やった」と言う。気づいているのに「忘れてました」と言う。とにかく、小さなウソを見逃さないで一回一回追求します。なぜならば「ばれてもたいしたことない」と思っているうちは治らないから。こういう人には「なんでなんで攻撃」が有効です。

「やった?」「やりました(嘘)」「やってないでしょ、だって○○だもん(明白な証拠)」「・・・」「なんでうそついたの?」「忘れてました(言い逃れ)」

「さっきやったって言ったよね?それはなんで?」「いや、その」「なんで嘘つくの?なんで誤魔化すの?」「・・・」

かなり詰問していますが、ばれると面倒で、謝ってさっさとやった方がずっと良い、と彼が思うまで何度でも見逃さずにやると、だんだん狡さが取れてきて顔もスッキリしてきます。(本当ですよ!)

また、例えば取引先の人とか「狡い人認定」しても特に問題のない人の場合は「この人は狡いから」とバイアスをかけて付き合うと騙される頻度が減ります。まずは自分の狡さと向き合っておくと、他人の狡さも見えるようになるのかもしれません。