熱く思いを語るのは高評価でも偏り過ぎた考え方に走ると敬遠される
就職活動において面接やエントリーシートなど、自分の考えや意見を表現する機会が何度かおとずれます。
どんな話し方でどんな内容を語るのか。
おそらく、就職活動においてもっとも作戦を練り、事前に練習を重ねる場面なのではないでしょうか。
一般論ばかりが書かれているエントリーシート。
文字数が少なすぎてエントリーシートの地の白色ばかりが目立つもの。
……こんなエントリーシートでは目が文字を追うだけで印象に残ることはないでしょう。
面接マニュアルに書かれた通りで個性がまるで感じられない受け答えの内容。
特にありません、別にありませんなど、到底やる気の感じられない会話。
……こんな面接では面接担当者に時間の無駄だと思われるだけの結果になることは目に見えています。
面接担当者にしてみれば気が遠くなりそうな数のエントリーシートに目を通さなければいけません。
そして面接では何人も何人も同じような話を聞かなければいけないのです。
学生にとっては初めて話す内容であっても、面接担当者にしてみれば同じような内容が連続していることだってありますから。
そんな中でやる気の感じられない学生や新鮮味のない学生を記憶に残すことなど到底不可能です。
では、どうすれば面接官の印象に残るような話しをすることができるのでしょうか。
卒のない受け答えができれば合格するのか?
はきはきした口調で、終始笑みを絶やさずに受け答えをする。
まるで『良い学生』の見本のようなタイプが多々見受けられます。
学生から質問されたことに答えると
――貴重なお話をいただきましてありがとうございました。
と、歯磨きのCMかと思うような爽やかな笑顔を浮かべます。
当然のごとく、こちらからの質問に対しては見事によどみなく答えることでしょう。
そして、最後に「お時間をいただきましてありがとうございました!」と例を述べることを忘れない…。
いや、いいんですけどね。
よく訓練されているなぁ、と話しの内容よりも入れ物の方に感心してしまうこともありますが…。
自分にはとてもじゃないが、そんな芸当はムリだと思った人もガッカリする必要などありません。
卒のない答え=面接での高評価、という単純なものではありませんから。
もちろん、卒のない受け答えができることが悪い、という意味ではありません。
それなりに、「へぇ、この若さでずいぶん落ち着いて見えるけれど場数を踏んでいるのかな」と感心することだってありますから。
しかし、社会人経験のない学生に求められているのは瑞々しい感性。
それから、型にはまらない大胆さでしょうか。
あまり小さくまとまり過ぎていると卒がない分、妙に平板に見えてしまうこともあるのです。
一度も噛まずにスラスラと意見を述べることに心血を注ぐ必要はありません。
多少つっかえてもいいから、熱く自分の思いを語る学生の方が「力に溢れている」と評価してもらえることもあるのです。
考え方が偏っている内容は敬遠される
しかし、何でもかんでも熱く語ればいい、というものでもありません。
若さゆえに考え方が偏ってしまうことはよくあることです。
ある程度であればそれを「情熱が感じられる」と好意的に見てもらえることもあるでしょう。
しかし行き過ぎると、単に「思い込みが激しい」という印象を与えてしまうので注意が必要です。
思い込みが激しいという印象はそのまま「頑固で柔軟性に欠ける」という評価につながる可能性があります。
新卒を採用する場合、「柔軟性に欠ける」という評価が致命的になるのは間違いないでしょう。
誰かの思想や方法論に傾倒していたとしても、それをそのまま熱く語ることはやめておいた方が無難、ということです。
どうしてもそのことを話の内容に入れなければ気が済まない――。
そういう場合は反対意見としてはこういうものがある、というバランスのとれた内容に仕立てた方がよいでしょう。
そこを「こういう意見はあるがそれははっきり言って間違っている」などとバッサリ切ってしまってはいけません。
それだと、せっかく反対意見について言及していても頑ななイメージを強めてしまうだけですから。
どんなに立派な意見であっても、社会人としての経験がない、庇護された学生からの視点と捉えられてしまうことを忘れてはいけません。
やる気があって情熱に溢れているのと、理想だけで物事を断じてしまう傲慢さは時に表裏一体なのです。