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その気遣いは空気読めてない(KY)なのではないですか?

あなたは気遣いのできる人ですか?こう聞かれたときに「Yes」と答えられた方、本当にそうですか?何をもとにそう思ったのでしょうか。いつも周りに対して優しくして「あげてる」からでしょうか。

気を使って気配りをして「あげてる」からでしょうか。気を使っていると思っているのは、案外自分だけかもしれないですよ。

本当にその気遣いは必要ですか?!

筆者が会社員だったころ、忙しい時期になると社内の雰囲気も殺伐とし、みんな余裕がなくなっていました。世間話や笑い話もせず、黙々と仕事をしていました。

そんなときに、先輩社員の方が気を使って、一瞬、外へ気分転換にしに連れて行ってくれました。忙しいときでも、周りに対する気配りや配慮はさすがだなと思いました。気分を入れ替えるためにも、一旦外へ出るのはいいことだと思います。

しかし、タイミングがものすごく悪かったのです…

少し落ち着いたところで、一息つきたいなと思っているときならよかったのですが、忙しく、てんやわんやしているときに呼ばれたので、社内に戻ったときは何から手を付ければいいのか全くわからなくなっていました。

いろんな仕事を抱えいっぱいいっぱいになっている筆者をみかねて、落ち着かせようとしてくれた心遣いはとてもうれしいのですが、そのときの筆者はそれを望んではいませんでした。また、一息つきたい夕方の時間に「コーヒーを飲もう」と言って誘ってくださいました。

コーヒーを飲みたいとは誰も言っていません

本当に気遣いができるかたなら、何も言わずにコーヒーを淹れ、一人一人に配っていると思います。その方は、声をかけておきながら、淹れるのは筆者の役目でした。

フロアーの社員に対して気を使ったつもりでしょうが、声をかけただけでは何の意味もありません。筆者が淹れたことで、気が利く子だと筆者の株を上げたかったのかもしれません。

しかし、そんなことで株があがるでしょうか。コーヒーが飲みたいなと思っているときに淹れなければ、本当に気が利く子だとは思われないのではないでしょうか。

気遣いは相手が欲しがっていることを予想して動くから、相手に喜ばれ、自分にも自信がつくのではないでしょうか。誰かの株をあげたいのであれば、その考え方ができるように教えないと何も伝わりません。

誰が見てなくてもできてこその気遣いです

自分はこんなに気遣いをしている、相手のためにいろいろ尽くしている…そんな考えをもっていたら、それは気遣いでもなんでもありません。

ただのおせっかいです。自分がしたい、だからしているだけです。気遣いは、相手を気遣って初めて気遣いと言えるのです。

相手が望んでなければ、ただの大きなお世話です。ましてや、気遣いができる人は自分がして「あげてる」だなんて思いません。

相手に喜んでもらうことで、自分もうれしいのです。優しくされたことを恩着せがましく言われても、してもらった方はちっともうれしくなんかありません。そこまで言うのなら、してもらわなくてもいいと感じているはずです。

今まで自分がしてきた気遣いは、本当に相手のためになっているでしょうか。そのとき、その相手はそれを望んでいたでしょうか。

相手のためを思っての行為なら、わざわざ自分でアピールしなくても気持ちは伝わります。相手があなたの気遣いに気づいたときに、ほっとするようなそんな気遣いをしてみませんか?あなたの気遣いはきっと伝わります。