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この仕事に向いてないって誰が判断する?向き不向きを考える前に

仕事に向いていないから、という理由で仕事を辞める人が少なからずいる。また、就職の際にも、未経験の仕事に対して、この分野は向いてない、と避けることがある。好き嫌いならともかく、向いてない、というのは自分の判断なのか?

また、新卒で就職すれば、大抵の場合人事によって部署などを振り分けられるが、向き不向きというのは何を見ているのか。そもそも、未経験の物事に対して、向き不向きは誰が判断するのか。

向き不向きは本当にあるのか?

向き不向きはあるのか?という疑問に対して回答するなら「あるといえば、ある」ではないだろうか。というのも、向き不向きは基本的には、飲み込みの良し悪しによる、と思われるからだ。

一度あるいは数回教えられればすらすらとできてしまう人もいれば、10回やれば覚えられる人、100回やってもできない人、というのもある。そしてあくまで飲み込み、要領の問題なので、ある程度は努力でカバーできると言われている。

しかしある程度努力でカバーできるとはいえ、他の人の数倍努力しないとできない作業なら、向いているとは言い難い。

また、向き不向きと好き嫌いは必ずしも一致しないが、好きこそものの上手なれ、という諺があるように、好きなら努力も人一倍するだろうし、ある程度のハンデは乗り越えられる。逆に、能力的には問題なくとも、大嫌いな作業なら精神的に苦痛なので、向いていないと言える。

向いている仕事、向いてない仕事

一般的に、向いている仕事、向いていない仕事を判断するのは、人事の仕事だ。では、人事は何を以て向き不向きを判断しているのか?

向き不向きは、そのまま個人の特性に合っているかどうか、と置き換えられるそうだ。適材適所という言葉があるように、人事はその適性を見極める必要がある。しかし会ってろくに会話もせずに判断することなので、度々ミスマッチが起きるということだろうか。

大雑把に言えば、経験則が多いように思う。このような人はこの分野で活躍しているから、いけるだろう。不特定多数の人と話すのが上手いから営業、などというくらいだ。

しかし、環境が人をつくる、変えるのもまた事実だ。最初は人と話すのが苦手で暗い人でも、明るい職場環境で向上心があればその仕事が続けられるかもしれない。逆に、明るくて話すのが得意は人でも、営業は苦痛で続けられない人もいる。

向き不向きというより、続けられるか続けられないか?

好きこそものの上手なれ、とは言え、いくら頑張っても芽がでない分野もあれば、対して好きでなくてもこなせてしまう仕事もある。

結局、向き不向きというのは、その仕事が苦痛でなく、続けられるかどうか、といった面が大きい。大して好きでなく興味がない仕事でも、特に精神的に苦痛でなければ続けられるし、飲み込みが早ければ楽に感じられる。これは文句なく向いていると言える。

一方、好きでどれだけ努力しても、できるようにならず、いつかは心が折れてしまうようなら、やはり向いていない。何年も続けたあとで向いていなかったと分かるくらいなら、飲み込みが遅いのは向いてない、と諦めるのも1つの手なのは確かだ。

しかし、やはり好きなら努力できるのは強いので、ある程度努力でカバーできる。努力でカバーできるくらいなら、向いていないとは言えないのだろう。(あくまで向いているのではなく、向いていなくはない、程度だが)

なんとなくでも、ある程度上手くやっていけて、続けられそうなら、それは向いていると思って間違いない。楽しくて充実している仕事、が誰にでもあるわけではないので、向き不向きを無理に判断するよりも、続けられるかどうかを考えた方が良いだろう。